2001年2月13日(火)
陸揚げされてから3ヶ月間も横浜の倉庫に眠っていた我がカクタス号がよみがえった。アース不良でエンジンがかからなかったのだが、その理由は長いことわからなかった。
朝、6時起き。今日の介助は松繁さん。8時には用意をしてリフト付きタクシーで品川の陸運局に向かった。9時到着。輸入業者の日産陸送の牧田さん、ジョイプロジェクトの渡辺さんがすでに来ていた。
電動車いすでパーモビルを一番高くして、受付カウンターで手続きを行った。予備検査はすでに済んでおり何の問題もなかった。自分でもなんか得意げだったのに気づいた。
予備検査では、ジョイスティックが助手席がわにあり本来の運転装置から離れすぎていること、そのためにメーターが見えないことが問題になった。しかし、助手席は日本でいうと右側で運転する側としてそのままでかえっていいこと。普通の運転装置がそのまま残っていることは、運転の交代がスムーズにいくから安全上いいのではないか。という2点を主張してそれが通ったということだ。
まず車検証を手に。
自動車の種別:普通、用途:特殊 自家用、車体の形状:身体障害者輸送車・・・前輪ストラットハウジング上面
――よくわからんがこの一枚のために3ヶ月か。
障害者の車には自動車税、自動車取得税が控除になる。その申請をすませたら、いよいよナンバープレートを受取った。
「パチッ」
うれしくて写真撮影。カリフォルニアの車いすマークのナンバープレートをとって、日本のナンバープレートにつけかえる。
――これでいよいよアメリカの車から日本の車に生まれ変わったのだ。
受難のカクタス号はよみがえり、生まれ変わった。まるで何かのようだ。
この車で自宅まで牧田さんの運転で帰る。
「最初のちょっとでいいんです。駐車場内で」
ジョイスティックを握ってそろそろっとカクタス号を操った。するとそろそろっと動いた。
――ウーン
運転免許への取り組みは緒についたばかり。
